上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


「いいかね、アレン、何かするということは、簡単に石ころでも拾って、投げて、あたるかそるかして、
 それでおしまい、などと、そんな、若い者が考えるようなわけにはいかないんだ。

 石が拾い上げられれば、大地はそのぶん軽くなる。
 石を持った手はそれだけ重くなる。
 石が投げられれば星の運行はそれに応え、
 石がぶつかったり、落ちたりしたところでは、森羅万象、変化が起きる。
 何をしても、全体の均衡にかかわってくるんだ。

 一方、風も海も、水や大地や光の力も、
 それから、けものや緑の草木も、すべてこれらのなすことは首尾よく、
 正しく行われている。
 いっさいは均衡を崩さぬ範囲でな。
 
 暴風や巨大なクジラの潜水に始まり、
 枯葉が舞い落ちたり、ブヨが飛んだりするのまで、
 こうしたものは何ひとつ全体の均衡を崩したりはしないんだ。
 
 ところが、わしらときたら、
 今いる世界や、人間同士たがいを支配する力を持っており、
 そうである限りわしらは、木の葉やクジラや風がその本性にのっとって、
 ごくごく自然にやってることを、その気なって学ばなければならない。


 わしらはどうしたら均衡が保たれるか、
 それを学ばなければならないのだよ。


 知性があるのなら、あるように行動しなければ。


 選択が許されているのなら、
 それなりの責任を持って行動しなければ。



 ほめたり、罰したり、
 そりゃ、このわしにその力がないわけではないが、
 しかし、そんなことをして人間の運命をいじくりまわすなんて、
 このわしがいったい何者だと言うんだね。」


「だけど、それなら、」若者は星空をにらんで言った。

「その均衡というのは、何もしないでいれば保たれるというのですか。
 必要なら、たとえその行為の結果のすべてを予測できなくても、
 人は踏みきってやってしまわなければならないのではありませんか?」

「心配するな。
 人間にとっては、何かをすることのほうが何もしないでいることより、ずっと安易なんだ。
 わしらはいいことも悪いこともし続けるだろう。
 ・・・・・・しかし、もしも昔のように、また王があらわれて、
 大賢人の意見を求め、このわしがその大賢人だったら、
 わしはこう言うつもりだ。
 
 『殿よ、何もなさいますな。
  そのほうが、正しいことであり、ほむべきことであり、
  立派なことでありますゆえ。
 
  何もなさいますな。
  そうすることがよきことと思われますゆえ。
  
  殿がなさらねばならぬこと、
  それしか道がないこと、
  ただそれだけをなさいますように』 」

 
                            - ゲド戦記 さいはての島へ
                               アーシュラ・K・ル・グウィン より -





 
 わかりました。よく、わかりましたよ。なんとかしたいです。でも、わたしは無力だ。
 ときには、どうしようもなく無力だといやになります。
 変化を起こすために、何ができますか?


-何かをする必要はない。
 ただ、あなたの存在は大きな意味を持ちうるよ。
 
 人類は長いあいだ、「何かをする」というレベルで問題を解決しようとしてきたが、
 あまりうまくいかなかった。
 真の変化はつねに、「何かをする」レベルではなく、
 「どういう存在であるか」というレベルで起こるからだ。

 たしかにあなたがたは新しいことを発見し、技術を発達させてきた。
 そのおかげで、暮らしは安易になったが、
 ほんとうに良くなったかどうかはわからない。

 そして、もっと大きな原則にてらしてみれば、
 あなたがたの進歩は遅々としている。
 
 地球では何世紀も、同じ原則的な問題にぶつかってきた。 
 地球は支配的な種が搾取するためにある、という考えがいい例だ。


 あなたがたのあり方を変えなければ、
 何かをしてもたいした変化が起こらないことは確かだね。
 環境、それに環境に存在するすべてと自分との変化について、
 考え方を変えなければ、行動は変化しないだろう。
 
 問題は意識だ。
 そして、意識を変化させるには、意識を喚起しなければならない。-


                          - 神との対話 3
                              二ール・ドナルド・ウォルシュ より -




スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。